りょぴろぐ

大学を留年したぼくが、インターネット上にまだ見当たらないニッチな情報を大学生視点でお届けするブログ。大学受験独学法から旅行や読書、音楽、はまっていることを幅広く気ままに綴ります。このブログを通して同じ感情を共有できる同士を見つける。

論理的な思考力が社会をつくる。

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こんにちは!りょっぴです。

 

最近感じていることがあります。

 

論理的に物事を考えて、

どうしていけば上手く

目標を達成できるのか

主体的に行動する人は限られている。

 

大学受験を通して

この考えを持つようになった。

 

「論理的に思考できるか」

つまり主体的に行動できるかは

AIが発達していく中で、

人間らしく生きるための条件に

なってきます。

 

論理的に思考すると一口に言っても

そもそもなにを言っているのか

理解できない方も多いかと思います。

 

その辺も含めて

論理的に思考することについて

考えていきます。

 

論理的に思考できる人は少ない

どうしてこう考えるようになったのか。

 

ぼくは大学受験を独学で学習していました。受験に関する情報も全くない状態からのスタートでした。

 

勉強方法をネットで探し、

学習計画を立てて

どう学習を進めていけば

志望校へ合格できるのか考えました。

 

塾に通っている人はほとんどが

勉強進度を塾の先生に任せっきりで、

自分で考えるという行為を忘れがちです。

 

塾からあらゆる情報を得れてしまうので

自ら行動することがなくなります。

 

自分で考えることのできない人は

困った状況に立たされたときに

どう行動すればいいのか分かりません。

 

社会に出ても同じことです。

 

言われた仕事をただ黙々とこなすだけ。

どう働けば効率よく仕事を進められるのか考えもせず、会社からの指示を待つ。

 

挙げ句の果てに、

不利な立場に立たされると

「最悪な環境だ」と不満を言う。

 

こういう考えられない大人が

大勢いることを知りました。

 

論理的な思考力は生まれもった才能

ぼくの母親は家庭教師として

生徒に勉強を教えています。

 

生徒には独学で勉強できるよう学習方法を教えたそうですが、上手くはいきませんでした。

 

多くの生徒に勉強を教えていくうちに、こう考えるようになったそうです。

 

論理的に思考できるかは

生まれもった才能であり、

実際のところ論理的に考えられる人は

少数である。

 

たしかに、成績が悪くても

物事を合理的に考えられる友達が

ぼくの身近には何人かいます。

 

頭の良し悪しに関わらず、

論理的な思考力は生まれもったものであると考えるようになりました。

 

みんな違ってみんないい

論理的に考えられないから悪いということにはならないのです。

 

論理的に考えられた方が成功はしやすい。努力が報われやすい。

 

けれど、考えられないからといって、

みんなが論理的に思考できるようになればいいという訳でもない。

 

論理的に考えられる人がいて

そうした人が上に立って先導する。

 

論理的に考えられない人は

上の立場の人からの指示を待って

言われた通りに行動する。

 

思考力の差があるからこそ

社会は成り立つのです。

 

足りない部分をお互いに補って

協力しあうのが社会なのです。

 

つまり、

みんな違ってみんないい

ということです。

 

 論理的に考えるには

 やっぱり成功を掴みたいものですよね。

 

論理的な思考力はどうすれば磨けるのでしょうか?

 

正直なところわからない…

 

ただ、読書をしている人は

物事に対しての考えが深いと感じます。

 

この場合の読書は小説などの娯楽的なものではなくて、もうすこし堅い内容の本です。

 

ビジネス・心理学・歴史・哲学など

その他いろいろです。

 

幅広いジャンルの本に触れることで

考えるきっかけが増えます。

 

思考力を鍛えたければ

読書をしてみてもいいかも…

(断言はできないよ)

 

 

以上、論理的な思考力についてのお話でした。

初めて抽象的な内容を書くので、自分でもうまく書けているかわからない…

 

そんじゃ、Goodbye!!!